研修医の声
学生さんと呼ぶ立場から
「学生さん」
こう呼ぶことに慣れてきた昨今、「先生」と呼ばれるのにどこか漠然とした違和感を覚える。
「先生」という一般的な呼称は私のイメージでは自ずと上級医に用いられるべきだって、若手、それも研修医である私にはもったいない気がする。
近い世代の医師あれば、何かの繋がりで顔見知りであることも多く、親しみを込めて○○先生と名前を入れるようにしているのだが、それより上であれば漠然と先生と呼ぶことの方が多い。
また、部活の先輩なんかで仲がいい方であれば、意図的に多少煽るニュアンスを込めて「先生」をつけることはあれど、「さん」づけで呼ぶことの方が多い。
しかしOB会なんかで後輩たちの前に顔を出した時、丁寧に「先生」を付けられるとどこかむず痒く居心地の悪さを感じるのだ。
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ここで研修をする中で、ある特定の学生を指すも丁寧に呼称する際は「学生さん」という表現を使うことがままある。
「学生の○○さん」と言うよりも、より短絡的で言いやすく、一言で伝わるからだ。
去年はその立場であったにも関わらず、立場が変われば言われる側から言う側になる。
まだまだ学生目線で物が見れるのに、先生目線で物を見ることを求められ、学生さんと人を呼び、先生と呼ばれることに慣れなければいけない。
せめて名前で呼ばれた方がしっくりくるが、、、立場が、所属が異なればそうした気持ち等汲まれようもない。
ところで、学生時代の学生のイメージはといえば、普通の人もいるけれど、やんちゃな中学生が調子にのったり、女子高みたいな陰湿な雰囲気が尚残り、人の悪口でしか喜べないつまんない人が悪目立ちし、「大人になって、それもこれだけ勉強できる人達だってのがなぁ」といささか嫌なイメージが先行していた。
それこそ所属している部活なんかでも雰囲気は違っていて、とある武道部、とある文化部のくだらない揉め事を聞き、解決策を探ってみたりもしたがなかなかどうして難しい。
そうした話題の渦中に出るのは下の世代の悪い話。あまりに子供臭い常識知らずが増えてきていると言うのだが、毎年部活勧誘をしてきた私も感じるところだった。
1つ下の世代と言えば、そうした噂もまずまずあり、実習でもいくらか絡んだことのある子もトラブルメーカーが散見されたのだが...今思えばそういう引きにどうも恵まれていたような気もする。
確かに中学1年の時も担任イジメ、授業妨害、男子合唱歌わないなんて問題児ばかりのクラスに放り込まれ、気分の悪い毎日を強要されたものだった。
だが現在、ここで研修をしている過程でそうした「問題児」と相見えることが全くない。
月山を隔て、大学での束縛から解かれたのだろうか、ここにくる学生さん達は皆素直で優しい子ばかり。
しがらみ無く和気あいあいと過ごせている我々研修医陣の雰囲気にも上手く溶け込んでくれて、毎日が楽しかった。
皆が人懐っこく馬鹿話をしてくれて、学生さん達と話すのもまた息抜きの一つだったのだが...
今は大学側も移行期で来ている学生は0
今現在キャラの濃い人と言えば...秘書さんの息子さん達。確かに面白いのだが、そろそろ欲しい。
鮮度の高いバカ話が、、、
真面目でピュアだからこそ生じうる、偶発的な面白さが、、、
こんなことを思いながらオペ室へと入り、すぐに左手に見えたのは、オペ台の患者をただ見つめ後ろで腕を組んでいる女性。
すらっと身長が高く、齢20程度だろうか。前回麻酔科を回っていた私でさえ見覚えが無い。
スクラブの色はピンク、オペ看にはあまり好まれない色だろうか。
上着のポケットからぶら下がっているネームプレートはどうも見覚えが無い。
よくよく見ると学生...そうか荘看の学生か。最近から実習スタートしたんだっけか。
確か先週位にも違う学生さんが、マックグラスで挿管をしている最中、尾側から画面をのぞきこもうとしていた子が先週にもいた気がする。
「頭側から見た方がわかりやすいよ」
と声をかけより近いところで見るよう促せば、それに便乗してK先生が解剖を教えながら挿管をしてくださった。
その時の子とは違うよな...そんなことを考えている内にオペ室内をせわしなく動き、やたら手際の良い機械出しをするナースの後ろにくっついてあれやこれやと指導を受けている。
手洗いを終えた先生に、
「今学生さんが実習で回っているので、ガウン手伝わせて下さい」
と声をかけ学生さんにガウン介助の機会が回ってくる。
どこか雰囲気を感じる...何も起きそうにないこのガウン介助に何か面白い出来事が...
何も知らない学生さんがするのだ。別にミスを期待しているとかそういうわけではない。
初見だからこその気付き、初見だからこその行動、初見だからこその質問...何かに独特な感性が見え隠れし、何かに独特な面白さがある、そんな匂いがほのかにするのだ。
「ほう見ものだな(何か面白い瞬間が来るかもしれない)」
と多少腕を組んで高みの見物を決め込んでいると、
「まずマジックテープを付けて・・・」
とのベテランナースの一言に私はぎょっとした。そんなの知らない。
今思えば私はガウンを着せられたことはあれど、着させたことは一度もないのだ。これこそ私が感じた匂い、つまり私が知ったかぶりをかましていたという雰囲気だ。調子に乗ってしまった反
省...私も介助する機会があるかもしれない。謙虚に、観察、勉強だ。
「次に上のひもを結んで...中のひもを結んで...」
徐々に運命の時が近づいてくる
「じゃ、これをしっかりもってて」
出たよ。「学生さん」に課されるガウンテクニック随一の難所、台紙保持
「これちゃんともってて」
人は物を持つ時、多くはものを壊さない程度に持つ。コップだって割れるほど力を入れて持つことは無い。多くは物体の摩擦力が効き、下に落とさない程度の力。
だがそれは垂直方向に最低限の力という話し。
多くは水平方向には無防備な持ち方をしている。
「これちゃんともってて」
と言われただ落ちないように持っているだけだと、次の瞬間、その台紙は先生のガウンに直撃し、全てを不潔にする。
そしてこういわれるのだ、
「だから、これ、ちゃんともってて」と...
(私のように)失敗したことがある人なら、これでもかと強く持ち、先生の引っ張る力に負けない力を入れる。水平方向だけでなく、垂直方向にも強い持ち方を意識するのだ。
だが初心者ならばそれは知る由もない。だからこそその脇で「強く持っていて」とアシストすることは不可欠なのだ。
流石にベテランの看護師さんが、「強ぐの!」と強調して指導する。
ここまで言われれば何事かと誰もが力をいれてつまむ。そうして、ガウンテクニック最後の行程を無事終えるのだ。
無事に先生の引っ張りに負けずガウンを着せることに成功した学生さん、「やるな」と視線を送っている間もなく他の先生に「これ頼むよ」と私が頼まれる。
だが隣には学生さんがいるのだ、私はすかさず、
「先生からやらせてもらえ~」
すると返事なくもくもくとつまみ、ひっぱる。
先ほどに続き連続成功だった。
素晴らしい。これでガウンテクニック介助をマスターしたと言っていい。今後彼女をオペ室で見ることがあるのなら...きっとするすると着せているに違いない。
それ以後も手術見学を続ける彼女。
無駄口一つ叩かず、後ろに組んだ手を解かぬまま、律儀に先輩看護師の話に耳を傾け、傾聴型実習を手術中に貫き通していた。
...流石荘内看護専門学校、立ち振る舞いまで指導をしているのか。
私が嘗て経験した医学生の学生実習では、私語なり無駄話をして怒られたり、両腕に参考書を持って手術に入り怒られたり、先生の話を無視して怒られたり、手袋を手づかみで袋から出し、手術台を不潔にして怒られたものだが...
しっかり教えられたことを守って、しっかり教えられたことを覚えようと聞いて、素直に指導に従う。
山大の学生さんたちもかなり素直な子ばかりだったけれど、荘看の子達の方がもっともっと素直な気がする。というより、素直にいなさいと教育されているのか。私達は素直でいることを習わないのだ。
印象としてもここの看護師さんは真面目で素直な人が多い気がする。やっぱり教育する機関やその雰囲気でこうも実習態度って変わってくるもんなのですかね。
しかして素直で素晴らしい。
こんなことを考えていると、遅れてもう一人の先生が手洗いをして入ってくる。
先輩ナースの監督下の元、おぼつかない手つきながら介助をする。
「成長したなぁ」
誰目線かわからない、この調子に乗った研修医は、立派に介助をする学生さんを細い目で見届けるのだ。
そして最後の難関、台紙保持に差し掛かる。
先生が台紙に手をかけたその瞬間、ピクリと手が出る学生さん。反射良好、いつだって引っ張る準備は出来ている。
しかし、それに見向きをせず、自らの周りをぐるりと一周させ、乱暴に台紙を紐から剥ぎとる先生。
「さっき習ったのと違う」、明らかに学生さんは目を丸くしてそう訴えていたのだ。
ままよくある、経験上同じく行くことはあまりないのだと。台紙一つで学生さんは臨床の現場を学んだことだろう。
だが敢えてひとつ言いたい
先生、ガウン着せてもらったんだから、せめてめんどくさがらないで最後まで付き合ってあげてよ!!!!
1年目研修医 佐藤
2018年07月10日