研修医の声
果報は寝て待て
果報は寝て待て
とある日曜日。
その日は山形の方に用事があり、朝回診には行くことが出来ず、どこか後ろめたい。
事前に「用事があるので」と声をかけ、許可を得たにしても本来しなければいけないことをしていない。それ故にどこかもどかしく、午後に病院に顔を出しこのもやもやを満たしたい。だからと言ってただ病院に行って机に座って勉強と言うのも意味が無い。何かちょうどいい口実が無いものか...
そんな気持ちを汲んでかちょうどケータイが鳴る。
「13時半から救急入るよーおいでよー」
神ちゃん先生だった。
休みを返上かつ無給にも関わらず、先輩研修医の診察を見学する
まさに研修医の鏡だろう。これはこれは喜んで。
そこまで重症な患者さんは来られなかったが、日本語が通じない方が居たり、バリバリな方言使いの爺様が居たりと、医学的というよりも「人間的」と言う意味でいい経験をすることが出来た。
久しぶりに無い頭を使って英語を話そうとしたのだ。もうルー大柴をバカには出来ない。身も心もくたくただった。
私の腸達も、先刻聞いた如何なる腸よりもグルグルと大きな音を鳴らしている。
この日の摂取はバナナ一本。まだまだたっぷり食べられる。今日のメニューはもこみちよろしく、たっぷりオリーブオイルとニンニクを用いたペペロンチーノで決まり。大学時代足しげく通ったろかーれのタコとベーコンのペペロンチーニを意識して。
タコはいつもより少しお高めの刺身用で。
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満腹満腹。
うとうと眠りにつきながら、明日も平和に過ごせればいい、そんなことを考えていた矢先。「ゴッ」と私の部屋のアパートの窓を石でぶつけたような音が、私の横っ面をはたくが如く響き渡ったのだ。
時はもう21時、嫌がらせか何かか。
「確かにここは立派な医師公舎、逆恨みを受けるのも致し方ないかもしれない。だがこれはかつてあった官舎があまりに酷く、待遇改善の為に必要不可欠なもので...」誰に言うわけでもない、反論を考えても見る。
しかして、ここは三階。私の部屋の窓に石を当てるなんてよっぽどだろう、そもそも石でないのでは。なら一体何がと疑問が止まない。
といっても、いくら考えても埒が明かない。
一度ブツを見てみなければ...怖いもの見たさに恐る恐る開けた窓の先におわすは...
そう、奴はいつも何の前触れもなく訪れる。
黒光りする艶めかしき肢体
せかせかとせわしなく動く六本の手足。
ひっくり返って腹を見せるとは、なんとも間抜けである。
そんな間抜けを、私は少年の頃いつも無邪気に追いかけたものだったよ。
君はいつも明るいところが好きだったよね。君を探すのは案外簡単で、夜に七号線沿いのサンクスとデイリーヤマザキを往復していれば紫のバチバチ言うやつに馬鹿みたいにぶつかり続けていたよね。
まさかそんな君が僕の部屋の窓を割りに来るなんて思いもしなかったよ。久しぶり。
こんな出会い方をするなんてある種運命さえ感じてしまう。
お家に住まわせてあげようかしら。
触って一緒に遊ぼうとするも、何故か手が縮こまる。
そう、私はもう少年では無いのだ。
素手で触りたくはないが為に、ビニール袋に彼の足を付ける。とりあえずお家に。
入れてしまったはいいが直接触りたくはない、どうしたものか。
このまま外に投げて返すのも違う気がする。誰か代わりに飼ってくれる人はいないものか。
「今度カブトムシ捕まえに行こうな」
こんなフレーズに聞き覚えがあった気が急にしてくる。
彼がそれを言ったかどうかで言えば、どちらかと言えば言っていた気はする。
すぐさま彼の部屋の前に行き壁を叩く
「金ちゃん金ちゃん!!!!いいものあるから出ておいで!!!!」
しぶしぶ出てきた部屋着の金ちゃん先生
「何?そのビニール袋くれるの?何?」
しぶしぶ彼はビニール袋の中身を確認する。
金ちゃん「カブトムシじゃん。どうしたのこれ?」
前述の経緯を話す。
金ちゃん「へぇ~」
どうもリアクションが薄い。
あれだけ飼いたいと言ってた(気がする)のに、彼はすぐさま
「逃がしてあげようよ」
え?飼いたい言ってたやん!!!どうしたの?と尋ねてみると
「サイズが小さい」
彼が求めていたのはもっと立派な奴だったみたい。。。
彼は、ビニール袋の中から優しく取り出し、壁にそっと足を付ける。
「じゃあね、元気でやりなよ」
金ちゃん先生はいつになく優しい目でカブトムシを送り届けるのであった。
臨床研修医金野医師、慈愛神としての心得をも兼ね備える。
全てに愛を以って接する金野医師。今日も怒涛の救急外来で活躍したそうな。
1年目研修医 佐藤
2018年08月11日