研修医の声
赤川花火大会①「打ち上げ花火、近くで見るか遠くで見るか」
ーーーーーーーー8月某日
翌日に赤川花火大会を控えた私はどこか気が静まらない思いだった。
最後に花火を見たのはたぶん高校生の時。
佐藤家全員が鶴岡に居て、毎年の恒例行事として花火に行っていた時だ。
いつもより早い食事をし、会場から少し離れたところへ車で向かう。
当時の赤川では有料席はこじんまりで、ほとんどが無料席、といっても無料開放のグラウンド。
私たちは開演の一時間以上前にはついて、その無料エリアにブルーシートを大きく広げ、中学校の技術の時間で作ったポケットラジオを聞いて過ごしたり、まだ搭載されて日が浅いワンセグテレビをガラケーで見ながら過ごす。
ちょうど飽きてきた頃に、「待たせたな」と言わんがばかりに盛大に始まるオープニング。
薄暗い夜空を色とりどりの花火が覆いつくすのだ。
おおよそ一時間ほど見ていけば徐々に疲れてくる。少し早めに夕食をとったのもあり少し空腹感も。
「寝でみるど花火の中さいるようだぜ」
おとうの一言に家族四人が「川」の字を作って寝っ転がり、視界全体がまばゆい光で包まれ、光圧、音圧に圧倒され非現実的な世界にいるようだった。
これはあくまで私の記憶の中での赤川花火大会のイメージ。
ここ数年で大きく変わったようだ。
私がそわそわし始めたのは、その変化を知ったからに他ならない。
広大であったはずの無料エリアが一転して有料エリアに食いつぶされたのだ。
そう、有料席はこれまでに無いほどに拡充されていた。
私の知っている赤川花火大会は、もうそこにはない。
ゆったりBBQをしている輩が沸いているような、市民が自由に見れた赤川花火大会はもうなくなってしまいより観光客向け、有料席向けに「管理されたもの」になっていたのだ。
お金を払ってみるものというイメージをよもや浸透しようとしているのか。
といっても無料でとれるグラウンドエリアはあるし、無料芝エリアもある。
昨年は無料芝エリアのために大行列ができたとさえ聞く。
加えて細かい場所とりのルールまで厳密に決められ、大幅な区域での交通規制まで入る。
さらにはBS朝日での放送まで取り付け、観光資源として赤川花火大会を利用するというのが今の鶴岡市の姿勢だ。
こう話を聞くとグラウンドの場所取りが過激化を直感、
「5時に場所取りに行って見れるかつての花火大会ではない。場所取りで戦わねば見ることが出来ない、限られた資源と化す」
この仮説は私を駆り立てるに十分だった。
某研修医は言った
「もう荘内病院では最後だけど、8月の花火には絶対いくから...その時まで元気にね」
赤川花火大会は、私たち研修医にとって再会の場。その場がふさわしくないものであってはならない。
我々研修医軍は、その誓いを果たすために立ち上がる。
「すべては花火を見せてあげる為に。協力型の研修医に鶴岡でいい思い出を作ってもらうために」
事前の情報を実家で手に入れた私は、花火大会前日23:00に行動に移す。
一人では戦える相手ではない。場所取りは戦争だ。
ーーーかつて山形市馬見ヶ崎で芋煮をする際、他団体と抗争を3週間続けた。
芋煮1週間前から毎晩告知紙とビニールひも(現在の正式ルールでは無効とされる)が剥がされていないことを確認する。
剥がされたり、同日に行う他団体にエリアが侵食されれば張りなおしたり、他団体を少しずらす。
そして当日早朝よりローテーションで陣地を守る。中には深夜より籠城する団体(バドミントン部)もあった。
時には、石を投げ牽制をし合い、各団体同士での芋や薪の取り合いにまで発展。
芋煮は場所を取ったからといって出来るわけではない。芋が無ければ芋煮では無いし、火が無ければ芋煮は出来ない。
山形市民にとっての馬見ヶ崎での芋煮とは、聖地で芋煮をするという、聖地に生きる者達のプライドのぶつかり合い。1年のうち1か月以上に渡り、魂を燃やしあうイベントなのだ。
脚色はしたがーーーー芋煮は山形市においては陣取り合戦そのもの。一等地である橋の下を皆で取り合うのだ。
私は大学時代、三度馬見ヶ崎での抗争に参戦した。そして二度負けてより、馬見ヶ崎より都落ちし他の場所での芋煮を強いられた経験もある。
それ故に場所取りにはこだわりが強く、今回は負けが許されない。
今回課せられたミッションは「無料グラウンドエリア打ち上げ場所近くを死守せよ」
病院で自学自習をしていたFを呼び、現地の視察へと向かう。
そう、深夜徘徊である。
今回の視察で調べなければいけないものは、
①翌朝の場所取り解禁時に車を止めることができる場所
②エリアそれぞれがどういった区分で分けられているのか
③無料エリア、有料エリアの出入り口はそれぞれどうなっているのか
④場所取り解禁以前から場所取りをしているふとどき者はいるのか
⑤出店が出るエリアはどこか(宴会の調達のため)
他にもさまざまあるが大きくはこう。
その中でも最も問題となりそうなのは①だった。
まず目を見張るのは近場に停めて怒られなさそうな場所が見当たらない
商業施設は様々あるが、それらに停めるというのも違うし、そういった施設があるということは皆がとめるということ。
今年は無料エリアを奪い取る抗争が激化するに違いない。それ故にこうした施設は大混雑。そして問題視されること間違いなし。
であるならば事前に対応するのが吉。
宿舎よりここまでの距離はおよそ3km、自転車でも行ける距離だ。
車でいけないのならそれまで、自転車で行く。
だが私の自転車パンクしている。それなら私は走る。みんなの笑顔のために、私は走る。
おおむねの交通手段はこれで決まった。
私:走る F:チャリ
完璧。交通手段は決まった。
次に場所をどこにするか。
芝エリアは朝三時より並び競争が激化する。
近隣の高校生も喜んで朝から並ぶと聞く。
場所取り解禁は朝六時
だが私たちは朝に弱い。早起きは絶対にできない。
起きるのは七時で精一杯。であるならば七時に起き、八時に現場について取れそうな場所・・・つまりは有料席に最も近い無料芝エリアに最も近い無料グラウンドエリア。
トイレにも近く、それでいて蓄電器で煩い出店エリアから離れながらも出入口から近く帰りやすい場所。
加えてこの場所は有料席に近い為、花火の見え方が審査員からの見え方に最も近い。
それ故に花火もより綺麗な形で見えるはず。
無料グラウンドエリアで最善の場所を、赤川グラウンドを30分歩き続けることで見つけることが出来た。
そしてFと共に策を練る。
・狙い目は最良の無料グラウンドエリア
・もし行けるなら無料芝エリアも狙う。翌朝ついたら二手に分かれ二か所を攻める
・競争が激化した際場所の剥がしあいに発展する可能性もある。その際の対応を考え当日に実行。
一時間以上かけて念入りに準備、翌朝に備えた。
つづく
1年目研修医 佐藤
2018年08月26日