研修医の声
12月らしいね
「12月らしいね」
救急研修中に最も激動の一日を終えた後、先生は一言そういった
例えだとしても聞きたくは無かった
「12月」
これはまだ一日たりとも来ていない、これから迎えるべき時期
今はまだ11月なのだから当たり前だろうが、当たり前であっては欲しくは無いおぞましいものだ
何故そう思うのかと言えば、今日という一日が余りにも辛いものだったからに他ならない
朝はゆっくりと進み、平和に終わることを願っていた私に突き付けられた聞きなれない着信音
あの場にいたナースたちには12月の訪れを感じさせたに違いないだろう、その着信音が意味するのは「CPA」そのものだ
CPAとはCardiopulmonary arrest
すなはち心肺停止、ほっとけば死んでしまう人達だ
平和をぶち壊すその音色に凍りつくのどかなER室
物騒な音とともに、意識も無く横たわる患者さん
生身の人間にしていることは見たことがあっても、当事者としてこれまで関わることが無かった心肺蘇生
寝ぼけ眼で手を出すも、頭がどうも働いていない
夢見心地に聞こえてきたのは30:2
ああ、これが現場だったんだ
BLSもACLSも取ったは良いが実践は初めて
現実は「ふう疲れたこんなもんか」とはいかない
「はい終わり」
と言ってくれる試験官もいないのだ
ER医師の指示に従いながら「こと」を進めていく
感情論なんかでは動かない、これが仕事なのだから
CPAに追われる最中、重症度が軽い患者さんの対応をER医師の代わりに行う
これまで見てきたレベルの患者さんだし、総合診療の教科書なんかで学んで来た知識も使えるのだからまずまずやれたと思う
・・・これで一日が終わるならまだよかった
まだ午前中だ
午後は一見して、嵐が過ぎ去ったかのように静まり返ったようだった
だがそれは大きな間違い。違ったのだ、それは台風の目に差し掛かっただけ。嵐の前の静けさだったと知るのは定時近くになってから
定時一時間前を境にして怒涛の「12月の嵐」が来る
CPA、重症の呼吸不全が2件
どれも時間が差し迫るばかりなのに、ER医師はCPAで手一杯
新しく来た方を私が代わりに、と看護師さんに言われるがまま少し手を出してみるも全く歯が立たない、というより何もわからないのだ
何故こんなにひどい状況になっているのか、この状況を理解する為にどんな検査をしたらいいかまではわかる。だがこのひどい状況を脱するまでの技を全く知らない。
知識があっても技が無い
明らかに状態が悪くなり来た患者さんに、どんなお薬をどう使えばいいかわからない
まず間違いなく手をこまねいていれば危なくなる
危なくなった時のインフォームドコンセントはどうする?
私がご家族にするのか?正直、説得力のある言葉も、説得力のあるほどの臨床経験も私には無い
ただ不安にさせるだけ
最低限出来る事だけやって「これはヤバい」と気付き、内科当番の先生の協力を仰ぐ
これしか出来る事が無い
いくら教科書で鑑別診断を学んだところで、それはあくまで「危なくない人をしっかり診断してあげる為の方法」でしか無く、「本気で危ない人をまあまあ危ない状況にまで押し上げる方法」では無いのだから、12月の救急で使えないのだ
あくまで11月までの救急での知識
当番の先生がいらっしゃった時は正直ホッとした
新規にやることは無くとも、全然違う
それはそうだ、となりから聞こえてくる、死亡確認を終えた後の声にならない声を目の前の患者さんの周りから聞くことはまず無いのだから
こういっては無責任に聞こえるかもしれないが、少なからず研修医の領分としてはこれで正解なのだろう
「分からないことを無理にやらない。わかる人に聞く」
技術も経験も無い我々研修医風情には、これこそが信条なのだから
だからこそだろうか、「全く分からない」ということが悔しくてたまらない
私がしたことで患者さんに不利益が無くとも、自分の無力さ、知らなさが余りに重くのしかかる
誰かを呼べばなんとかなる環境に、今後も身を置くことが大半だろうし、普通にやれることをやっていればある程度の対処が、何年か経ったら出来るようになるのだとは思う
別に今出来なくてもしょうがないだろうし、知らないだけかもしれない
ただ現場を知らない、一人だけ取り残されているという状況がただ辛い
スポーツなんかでも世界観が自分だけズレている時ほどつらいものは無い
卓球でもダブルスで相手が全国経験者、こっちの相方だけはその世界観に付いていっているも私は取り残されている、こんな試合が一番歯がゆかった
今回は内科当番医の先生がいたから助かったが、もし居なかったらと思うとゾッとする
もし自分だけで見なきゃいけない時に、今日のような場面を知らなかったら...今回は誰も損をしていないからただ貴重な経験だけを抽出することが出来た
こうした悔しい経験を積み重ねていくことが重要なのだろうが、私でさえ一日で大分来るものがあったのに、上級医の先生方は様々な経験をして今平然と診療に当たっているのだから、超人だ
メンタルも強靱なんて言葉で済まされないほどに、強いものなのだろう
私は折れてしまいそう...なんて帰る途中は思っていたものの、先生方みたいに適切に対応できるようになりたいとモチベーションが上がってしまったのだから、なかなか心が折れそうにないようで、残念です
今日ほど先生方が頼もしく見えた日は無いですし、今日という一日を忘れることもなさそうです
忘れないように終わってから卓球して、自炊もしました。これでもう忘れません
救急本当にやりがいがあります、日々勉強、非常に充実しています
ただ一点気がかりなのが...まだ12月で無いと言うこと
「12月らしい」
というのはあくまで「らしい」
「これぞ12月だ」
と言われる日が来るはずの来月は、今日を遥かに凌駕する程の激震の一日が待っているはず
その時に手が、足が、口が、頭が出るように、日々邁進していきたい
・・・欲を言うなれば鶴岡の皆さん、この12月は健康に留意してお過ごしください。
一年目研修医 佐藤
2018年11月28日